『南琉球・宮古語 池間方言辞典:西原地区版』の刊行と宮古島市への贈呈式

国立国語研究所はこのたび、消滅の危機にある宮古のことばの活性化と、ことばを学習するための手助けになることを願い、『南琉球・宮古語 池間方言辞典:西原地区版』35部を宮古島市に寄贈しました。

本辞典は宮古島北部に位置する西原地区で用いられている言語の、基本的な語彙および成句、約6,000項目を収録したものです。既に宮古島市内の小中高校には1部ずつ配布され、宮古島市立図書館にも市民の閲覧用として置かれています。

プレスリリース記者会見の様子
『南琉球・宮古語 池間方言辞典 : 西原地区版』を手にする宮古島市教育委員会の大城裕子教育長(左)と梶原健次 生涯学習振興課長(右)。オンライン参加者は国立国語研究所の五十嵐陽介教授(左上)、高田智和教授(右上)、宮川創助教(左下)、田窪行則前所長(右下)

2024年3月11日には贈呈式と記者会見が宮古島市役所で執り行われ、国語研側の研究者はオンラインで出席しました。挨拶を行った五十嵐陽介教授(国語研)は、宮古諸島の言語は地域社会の貴重な財産であり、高い学術的価値を持っていると説明し、「地域の皆様方が言語研究者を温かく迎えてくださり、宮古のことばを教えてくださったからこそ、私どもは研究を続けることができました。私ども言語研究者は宮古島の皆様方に大きな恩を感じており、これをなんとかして、お返ししたいと心から願っております。」と、感謝のことばを述べました。

高田智和教授、宮川創助教(国語研)は、2023年10月24日に宮古島市と国立国語研究所の間で締結された連携・協力協定と現在進行中である城辺グスクベ民話のデジタルアーカイブ化プロジェクトに触れ、市民の皆様には辞典を手に取り宮古語に親しんでもらいたいと、宮古語のさらなる活性化に期待のことばを寄せました。

『南琉球・宮古語池間方言辞典:西原地区版』書影
『南琉球・宮古語 池間方言辞典:西原地区版』 左が初版、右がコンパクトになった改訂版

辞典の編纂を中心になって進めた田窪行則前所長からは、辞典の詳しい説明とエピソードが語られました。

田窪行則・前国立国語研究所長
田窪行則 前国立国語研究所長

南琉球・宮古語池間方言について

池間方言は、池間島、伊良部島佐良浜地区、宮古島西原地区の三地区で用いられています。佐良浜地区には約300年前に、西原地区には約150年前に、琉球王府の命令による分村という形を通して、池間島から池間方言話者が移住してきました。この三地域で話されている池間方言は微細な違いはあるものの、お互いのコミュニケーションには全く支障がないとされており、現在でもこの三地域の人々は「池間民族のつどい」という毎年の行事を通し、言語文化の継承の努力を続けています。

池間方言の現在 ―このままでは消滅の恐れがあります―

池間方言を流暢に話せる話者は60歳~65歳以上であり、その数は1,300人ほどと推定されています。しかし積極的に池間方言を話すことはない30代後半でも、60代以上とほとんど変わらない理解力をもっている人がいることもわかっています。しかし、いずれにせよ、若い世代が池間方言を使わない今の状態が持続すれば、30年後には池間方言を話す話者がほとんどいなくなってしまうことが予想されます。

『南琉球・宮古語池間方言辞典:西原地区版』ができるまで

この辞典について

『南琉球・宮古語池間方言辞典:西原地区版』には、西原地区で用いられている基本的な語彙および成句、約6,000項目が収録されています。現在も使われている日常語を中心としながら、祭事や歌謡に使われている語句なども収められており、豊富な例文が掲載されています(なお、池間島、佐良浜の語形は含まれていません)。今回寄贈された辞典は、2022年に出版された『南琉球宮古語池間方言辞典』の改訂版です。

改訂版は、旧版の誤植等が改められ、新たに見出し語が約100語増補されました。また、巻末には強い要望のあった「共通語から池間方言への逆引き索引」が追加されました。これにより西原のことばは、学習者が現代の日常生活を表現できる『生きたことば』となります。辞典のサイズは旧版よりもコンパクトになり、若い世代にも活用しやすくなりました。

毎晩記録した西原のことばのノートが、辞典のもとに

西原のことばの母語話者であり、今回の辞典の第一著者でもある仲間博之氏が、西原のことばの辞典を作ろうと思い立ったのは18年前にさかのぼります。

幼いころに母を亡くし、祖母に育てられた仲間氏にとって家庭内での会話はいつも西原のことばでした。地区の先輩たちが教えてくれた語や歌謡の意味をもっと深く理解したいとの思いから、寝るときも枕元にノートを置き、西原のことばを思い出すたびにひたすらノートに書き残していきました。その量は10冊近くにもなったそうです。本辞典は、仲間氏のこのノートがもとになっています。

西原地区の皆様との出会いから「池間プロジェクト」へ

2006年、田窪前所長(当時京都大学教授)はことばの調査のために西原地区を訪れ、地区の皆様から温かい歓迎を受けます。その際に、宮古高校の校長をしていた仲間氏を紹介され、本辞典の調査に協力してくれることになる地元のキーパーソンたちとも知り合いました。その出会いにより、岩崎勝一氏(カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授)、大野剛氏(アルバータ大学教授)との共同研究「池間プロジェクト」が立ち上がり、以降、プロジェクトは京都大学の大学院生らが参加する形で綿々と継続されていくことになります。

その後、研究チームは年8~10回のペースで調査に訪れ、林由華氏(岡山大学講師、元国立国語研究所)が作った800語ほどの単語リストなども参考にして、田窪前所長、岩崎氏が12~13年かけて主として仲間氏から聞き取った単語3,500と例文からなる語彙集をそれぞれ作成します。それとは別に仲間氏自身がご自分の池間方言ノートをエクセルのファイルに移していく作業を行っていました。そこで5年ほど前に仲間氏、田窪前所長、岩崎氏で、それらを合体させて辞書を作らないかという話になりました。

田窪前所長、岩崎氏の語彙集はほとんど重複していましたし、例文もかぎられていました。仲間氏はノートに思いつくたびに単語と例文を書いていき、それを順番にエクセルのファイルに移していったので、単語ごとにソートしてみると、見だし、例文ともにかなりの重複がみられました。そこで三人のファイルを合体して、見出し語から重複語を除去し、すべての単語について、発音、品詞、単語の定義、用法を三人で確認して、その用法ごとに仲間氏に例文を付け加えてもらい、それを検討するという地道な作業を行いました。

『南琉球・宮古語池間方言辞典:西原地区版』の一部
『南琉球・宮古語池間方言辞典:西原地区版』オンライン版から一部抜粋。
そこにコロナ禍が……

ちょうどその後、運悪く新型コロナウィルスが日本を襲い、宮古島での対面調査がかなわなくなりました。仲間氏の参加はもちろん、語の意味や使用法が不確かな場合は母語話者の確認が必要であるため、地元の協力は欠かせません。どうしたものかと困ったそうですが、幸いなことに以前から少しずつ始めていたSkypeでのやり取りが生きてきました。ツールをZoomに変え、オンラインミーティングを活用することで編集作業は進められました。その回数は年に100~120回、総計350回にも及んだそうです。このような状況の中で幾度も見直しを重ね、ついに2022年に初版、2024年には改訂版を出すことができました。

辞書の形にするにあたり、アクセントについては五十嵐教授が改めて調査し、中川奈津子氏(九州大学准教授、元国立国語研究所)が編集全般、共通語からの逆引き索引はダニエル・ワイマーク氏が担当しました。

本辞典は、西原地区の皆様と言語学者が、長い年月をかけて共に生み出した努力の結晶です。今後はオンライン版にて更新が続けられる予定です。

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