
私はフィールド言語学者である。琉球列島で話されている言語、琉球諸語を研究している。特に長く研究している言語は宮古語、その中でも私の祖母の故郷である伊良部島の言葉(現地の呼び方でiravc、イラヴツ)である。イラヴツは、irav(イラブ)「伊良部」+fc(フツ)「口」の複合語である。
イラヴツを含む琉球諸語は今、深刻な消滅の危機にある。私が研究を始めた20年前、「あと20年もすれば調査が難しくなるだろう」と言われていたが、その予言は今、現実化しつつある。
……と、このように書き出すと、消滅危機言語の問題や言語継承の問題を難しく語るエッセイのように思われるだろうが、私にはそんなものを書くノリも能力も時間もない(笑)。代わりに、ものすごくミクロ的で、ものすごく個人的な話をしてみたい。消滅危機言語が個人の人生にどう関わり、言語継承が個人の人生でどういう意味を持つかを描いた、1つの超低予算ショートドキュメンタリーフィルムだと思ってほしい。このショートフィルムの登場人物は、私と私の祖母である。
私のこと
私自身は沖縄本島で生まれ育った。1950年代、工業高校に行くために伊良部島から出てきた父は、沖縄本島出身の母と結婚し、その後、伊良部島から母親(私の祖母)を呼び寄せ、同居するようになる。祖父はすでに亡くなっていた。
1903年生まれの祖母は、私が幼少期を過ごした1980年代の沖縄では珍しくもないことだが、日本語をほとんど話さない(聞いて理解できる程度の)生粋の琉球語話者だった。家では父と「外国語のような言語で」話し、私には微笑みながらその外国語を一方的に話していた。私の近所にも同じような家庭はいくつもあった。手に伝統的な入れ墨(ハジチ)をしたおばあさんが沖縄語を話し、その孫である私の友人は沖縄語を自ら話さないものの、聞いて理解できる受動話者としてそれを聞き分け、理解し、器用にコミュニケーションを取っている。その姿を見て、受動話者ですらない私は無力感を覚え、また祖母に対する申し訳なさを感じていた。
受動話者として琉球諸語を理解する人と、私のように全く理解できない人が入り混じるのが、私の世代(1970年代生まれ)の大きな特徴である。私の父母の時代には標準語励行の名の下に、伝統的な地域言語を家庭からも、教育現場からも一掃する取り組みが行われていたからである。正常な言語継承が人工的に分断された世代が、私たちの世代なのである。家庭で琉球諸語を使うのは「恥ずかしいこと」で、こども世代(つまり私世代)に対してはせめて「ちゃんとした標準語を」身につけてほしかった、と実際に父母が語っているのをのちに聞いた※1。
祖母のこと

私はかなりのおばあちゃん子で、小学校から帰ると、キセルタバコをふかす祖母のそばで遊ぶ日々だった。会話らしい会話はもちろんない。私には伊良部島の言葉が話せないし、祖母には日本語がうまく話せなかったからである。祖母はいつものように「外国語で」私に何か言い、ちょっと笑って、タバコをふかしながら静かに窓の外を見る、そんな日々が繰り返されていた。
祖母は私が小学校卒業の頃に亡くなった。私はついに、意思の疎通がほとんどできないまま、祖母を失ったのである。この喪失感は相当なものだった、と今では思う。そのあとずっと経ってから、フィールド言語学を学ぶためオーストラリアに行って、イラヴツを研究対象に選んだ理由の1つは、「祖母の言葉を理解できなかった」申し訳なさを埋め合わせるためだったとも言える。その後、オーストラリア国立大学の博士論文として完成させたこの言語の最初の記述文法書(図1)を2017年に出版したが、当時の申し訳なさが消えてなくなるような、なんとも言えない安心感でいっぱいだった。
kanasmunuiという言葉
今、ふと妄想することがよくある。今の私のイラヴツの能力を携えて祖母に再会できたら、どんな会話をするだろう? あの時、タバコを吸いながらなんと言っていたのか、もう一度発話してほしい、などと考える※2。私の中の彼女の記憶には、まるでサイレント映画のように、言葉が付いていなかったのだから、音声付きの映画を見てみたい、まるでそんな気持ちになる。
ただ、当時、口癖のように、祖母がいつも使っていた言葉があって、それだけは音の羅列として、呪文のように覚えていた。それは /kanasmunui/である。今の私の能力なら、グロス付きで理解できる※3。
kanas-munu=i
愛しい-PRED=CNF
「愛しいねえ」

※3 グロスとは、語をそのパーツ(形態素)に分け、形態素ごとにその機能や訳を付した、言語分析で用いる注釈のことを言う。
「愛しい-PRED=CNF」というグロスを説明すると、PREDはkanas「愛しい」という形容詞が述語(predicate)として使われていることを示し、その機能は-munuという接尾辞が担うことを示している。CNF(confirmative)は日本語の「ね」のように、確認や詠嘆を示す助詞であり、それは助詞の=i(=は付属語を示す特別な境界記号)が担う。
なお、kanasmunuのように形容詞にmunuを付けて作られるmunu形は、「Xは〜だ」という、主題主語を叙述する専用形式である。例えば、kagi「美しい」という形容詞語根から、kunu pana a kagimunu「この花は美しい」という文を作ることができる。一方、「Xが〜だ」というふうに、主語の方を焦点化する場合の述語は-kar(カリ活用)する。例えば、kunu pana nudu kagikar「この花が美しい」となる。日本語では「は」と「が」の主語の側の助詞の違いが、イラヴツでは述語の形式の選択にも見られるということである。
下地理則
しもじ・みちのり。九州大学大学院教授。1976年生まれ。沖縄県出身。Ph.D.(オーストラリア国立大学)。琉球諸語、特に宮古島・伊良部島の言語を記述している。著書に『南琉球宮古語伊良部島方言』(くろしお出版、2018年)、“An Introduction to the Japonic Languages”(Brill、編著、2022年)などがある。ヘヴィメタルと映画と猫が好き。
ことばの波止場 Vol.15-2 記事一覧
- 「317カフェ」、議論とコラボレーションを軸とした研究文化
- YouTube 国語研の動画紹介
- エッセイ:kanasmunuiという言葉(下地理則)
- インタビュー:「共有信念」の研究に勇気をもらって(川端良子)
- 書籍紹介
- 研究室訪問:古典資料とコンピュータが同居(小木曽智信)
- 編集後記