
どのような研究をしているのですか。
最も興味を持っているのは、「共有信念」です。最初は一方の人しか情報を持っていませんが、もう1人に伝えていくと、「2人とも同じ情報を知っていて、互いにそれを認識している」という状態になります。こうした共有信念の形成が対話の成立には欠かせません。私は、共有信念が対話を通してどのようにつくられていくのかを研究しています。
主に地図課題を使います。目的地へのルートと目標物が描かれた地図(図1)を持つ人が、目標物だけが描かれた地図(図2)を持つ人にルートを教えるというものです。描かれている目標物の種類や数は異なり、相手の地図は見えません。そのためルートを間違えることもありますが、相手が言うことと自分が持っている情報をすり合わせて修正し、課題を達成していきます。そのときの対話を収録したコーパス『MapTask』を用いて、共有信念がどのようにつくられていくのかを分析します。


共有信念の構築について、どのようなことがわかりましたか。
専門的でない言い方をすると、みんな苦労しながら孤独に頑張っているのだとわかりました。その結果に、私は勇気をもらいました。こどもの頃から、おしゃべりが苦手でした。自分の言っていることが相手にうまく伝わらない経験がよくあり、言葉というのは正確には伝わらないものだと諦めていたところがあります。こどもの頃の自分に教えてあげたいですね。ほかの人もみんな、相手が言いたいことを理解しようと苦労しているのだと。そして、相づちはとても大事だよと。
大学では言語学を学ぼうと決めていたのですか。
実は、人について知りたいと思い、心理学を学べる千葉大学に進みました。しかし心理学は抽象的過ぎると感じ始めたころに、認知や行動のメカニズム解明を目指す認知科学という分野を知りました。そしてデータとして扱いやすい言語に注目しようと入った研究室で、共有信念とMapTaskに出会ったのです。
そのまま研究者の道に進んできたのですか。
いいえ。卒業論文を書いたときに、あまりに自分が無知であることに気付き、このままではいけないと、大学院に進みました。そして、何とか修士論文を書き上げたものの、これ以上頑張れる気がせず、就職してシステムエンジニアなどの仕事に就きました。しかし、あまりにも過酷だったので辞め、博士課程に入ることにしたのです。修士課程修了から10年以上たっていました。
2016年から国語研に。
『日本語日常会話コーパス』プロジェクトの研究員として採用されました。実際の日常会話の音声・映像データを大規模に集めたもので、その構築はとても大変でした。でも国語研は言語学者にとって最高の環境で、完成したコーパスを用いた研究もしてきました。さまざまな研究者と接点があり、刺激も受けました。
今後はどのようなことをやっていきたいとお考えですか。
やはり、MapTaskを用いた共有信念の構築に関する研究です。「MapTaskの骨までしゃぶっているよね」と言われます。一般には公開されていませんが、地図課題を行っている過程を記録した映像があります。共有信念の構築には、身ぶりも関わっているので、映像を用いた研究も進めていく計画です。言語の使われ方は場面や人によっても違うため、MapTaskだけからでは言語一般のことは言えません。一方で、共有信念は対話の成立には欠かせず、限定的な環境であっても、そこからわかることを積み上げていくのも大事だと思います。得られた知見が、対話がうまくできない人のサポートに役立つ可能性もあるでしょう。
2026年度からは国語研を離れ、大学へ移ります。不安もありますが、共有信念構築の研究で得た知識を駆使して、学生さんとうまく対話していきたいですね。
Tシャツの絵は鳥取の大山ですか。登山をされるのですね。
登山は、自分のペースでいいんです。そしてゆっくりでも歩いていれば、山頂に到達します。登山のそういう点が、私の性格に合っているのかもしれません。
ことばの波止場 Vol.15-2 記事一覧
- 「317カフェ」、議論とコラボレーションを軸とした研究文化
- YouTube 国語研の動画紹介
- エッセイ:kanasmunuiという言葉(下地理則)
- インタビュー:「共有信念」の研究に勇気をもらって(川端良子)
- 書籍紹介
- 研究室訪問:古典資料とコンピュータが同居(小木曽智信)
- 編集後記