暮らしに生きることば:ことばの「耳」と「目」

いつだったか、中学生の息子が「すごい」ということを「スゴッ」,「早い」を「ハヤッ」と言うのを耳にしました。ことばの世代差を改めてしみじみ感じていたところ、「遠い」を「トオッ」と言う大学生の話も聞き、いつの間にか自分も立派に古い世代の仲間入り、と思ったものでした。

ことばは時の経過とともに変わるものであり、集団や仲間によっても違いがあるということには、多くの人がひとつやふたつ、身近に話の種があることと思います。若者のことばの乱れもよく話題になります。しかし、普段、私たちが意識することはそれぞれの経験と知識の範囲に強く制約されます。そういう自分をより広い世界の中で相対化して見るには、何か鏡が必要です。

以前、『言語生活』(1951~1988、筑摩書房)という、ことばをテーマとした一般向けの月刊誌がありました。国立国語研究所が深く関係し、所員が企画・編集に関わっていました。この雑誌で創刊当初から続いたコラムに、「耳」と「目」があります。所員が集めた材料や読者が寄せた投書などで構成され、身のまわりで耳にし、目にした、ことばに関する「アレッ?」と思うこと、新しいことなどが書かれていました。これらは、それぞれ沢木幹栄編『言語生活の耳』、佐竹秀雄編『言語生活の目』(共に1989年、筑摩書房刊)に約40年分がまとめられています。

また、新聞という目と耳を通してことばに関する様々な動きの記録を集めたものに、国立国語研究所のことばに関する新聞記事の切抜集があります(記事の目録データベースは研究所ホームページで公開しています)。そのうちの1949年から1998年までの50年分について、許諾を得た記事本文の画像を収録した、『ことばに関する新聞記事画像データベース』(DVD版)が近く完成、公開の予定です。

普段は意識していなくても、ことばをめぐる大きな流れや広がりの中に自分もいることを発見するのも楽しいことです。身近な材料の集積の中から、思わぬところに、自分にとっての発見の入り口が見つかるかもしれません。

(熊谷 康雄)