敬語が一つも入っていなくても「敬意表現」と言えるのですか

敬語が使われていなくても…敬意表現

国語審議会が提唱した「敬意表現」とはどのようなものですか。敬語とは異なるのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

第22期国語審議会は、平成12年12月に「現代社会における敬意表現」という答申をまとめました。これは、平成5年に文部大臣(当時)から諮問を受けた国語審議会が、「情報化」や「国際社会」への対応についての審議と並んで、「言葉遣い」に関する審議を続けた結果のまとめです。答申の内容は、文化庁のホームページに全文が掲載されています(令和4年1月末確認)

この答申の冒頭部分は以下の通りです。

国語審議会は現代社会の言葉遣いの在り方を考える上で重要な概念として「敬意表現」を提唱する。敬意表現とは、コミュニケーションにおいて、相互尊重の精神に基づき、相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣いを意味する。それらは話し手が相手の人格や立場を尊重し、敬語や敬語以外の様々な表現から適切なものを自己表現として選択するものである。(答申の [はじめに] 冒頭)

『現代社会における敬意表現』平成「12年12月8日、国語審議会答申、書影
国語審議会答申『現代社会における敬意表現』表紙(著者提供)

敬意表現は敬語を含んでいる

上の文章から明らかなように、「敬意表現」は「敬語」を含む広い概念です。

「相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣い」という敬意表現の定義は、話し相手や話題の人物に対する敬いやへりくだりの気持ちを表す尊敬語や謙譲語、話し相手や場面(場所柄や状況など)への丁寧な気持ちを表す丁寧語などの敬語にも当てはまります。

しかしながら、私たちの生活の中で「相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣い」はそうした敬語だけではありません。答申に挙げられた例を見ましょう。

  • 「悪いけど、急な用事が入ったので、待ち合わせの時間ずらしてくれない?」
  • 「忙しいときに悪いんだけど、これコピーしてくれない?」

この例の中には、普通一般にいう敬語は一つも使われていません。しかし、この言葉遣いが、相手の予定を急に変更させたり、相手の仕事を中断させたりすることになる場合に、私たちが行う配慮を表現していることは明らかです。敬意表現は、こうした言葉遣いの全体を意味するものです。相手への尊敬とかへりくだりという配慮を敬語によって表現するだけでなく、例えば上のような相手への遠慮や思いやりを敬語以外の言葉遣いで表現していることに注目し、そうした言葉遣いを含めて敬意表現と呼んでいるわけです。

敬意表現にかかわる配慮

冒頭で「相手や場面に配慮して」と短く示された配慮の内容や種類について、答申は「敬意表現にかかわる配慮」という節で以下のような分類をして説明しています。

① 人間関係に対する配慮
・同じ立場の相手に対する配慮
・異なる立場の相手に対する配慮
・親しい相手か否かによる配慮
② 場面に対する配慮
③ 伝える内容に関する配慮
④ 相手の気持ちや状況に対する配慮
⑤ 自分らしさを表すための配慮

これらのうちには、従来敬語を説明するときに挙げられた立場や年齢などの上下関係、付き合いや親しさなどの親疎関係も、配慮の一部分として含まれています。しかし答申では、例えば「上下」「目上・目下」などの用語を用いずに、もっと広く「異なる立場の相手への配慮」として説明しています。また、「場面」「伝える内容」「相手の気持ちや状況」「自分らしさ」についての配慮は、一般にいう敬語を説明するときには、必ずしも十分には扱われなかったものです。

敬語を含む敬意表現の広がりを理解する上で、これらの「配慮」の内容や種類は大切な点になります。

敬意表現にかかわる配慮をまとめた図

具体的な敬意表現

敬意表現は多様な内容や広がりを持つものですから、その具体像の全体を網羅的に挙げていけばおそらくきりがありません。

そうした中から答申は、敬意表現として留意すべき言葉遣いの例を挙げています。あいさつやお礼の言葉(「おはよう、ありがとう」など)、前置きの言葉(「悪いけど」「夜分すみません」など)、全国各地の方言の多様な文末表現(「~のう、~なも、~と」など)、さらにはイントネーションや声の種類(改まった調子、優しい声など)などです。いずれもごく日常的な言葉遣いです。

こうした実例を手がかりにして敬意表現の存在を意識していくことが、ふだんのコミュニケーションの中でこのような言葉遣いを適切に実現することにつながっていくと思われます。

様々な敬意表現(あいさつやお礼の言葉(「おはよう、ありがとう」など)、前置きの言葉(「悪いけど」「夜分すみません」など)、全国各地の方言の多様な文末表現(「~のう、~なも、~と」など)、イントネーションや声の種類(改まった調子、優しい声など)など)

執筆者

杉戸清樹
杉戸清樹 すぎと せいじゅ
国立国語研究所名誉所員

SUGITO Seiju
すぎと せいじゅ●国立国語研究所名誉所員。
国立国語研究所では1975年以降、当時の言語行動研究部や日本語教育部門に在籍して、言語生活・敬語・方言・言語接触などに関する臨地調査を担当しました。発音・語・文など言語そのものだけでなく、これらを使う表現伝達の言語行動が関心の焦点でした。

参考文献

  • 井出祥子(2006)『わきまえの語用論』大修館書店
  • 蒲谷宏(2013)『待遇コミュニケーション論』大修館書店
  • 国立国語研究所 編(2006)『言語行動における「配慮」の諸相(国立国語研究所報告123)』くろしお出版
    PDFファイル 国立国語研究所学術情報リポジトリで公開されています。
  • 杉戸清樹(1983)「待遇表現としての言語行動―「注釈」という視点―」『日本語学』2巻7号、明治書院
  • 中村明、杉戸清樹、半澤幹一(編)(2003『テキスト日本語表現―現代に生きる表現行動のために―』明治書院
  • 野田尚史、高山善行、小林隆(編)(2014)『日本語の配慮表現の多様性―歴史的変化と地理的・社会的変異―』くろしお出版
  • 南不二男(1987)『敬語(岩波新書365)』岩波書店